2025年03月16日(日)
31年、お疲れ様でした!
昨日は、主人の定年記念祝賀会。
尼崎総合医療センター小児循環器科でなんと31年。
最後まで、お疲れ様!
主人と一緒にお仕事をしたOBの先生方、小児循環器科、循環器外科、循環器内科、小児科、小児外科、看護師さん、生理検査室のメンバー、約70名の方が参加してくださった。
こんなに多くの方が来てくださって、皆様のスピーチを聞いて、主人は皆さまに慕われていたのだとつくづく思った。
私からも彼に花束贈呈と少しだけスピーチさせていただいた。
スタッフが3人の時代は、何と1年間で休みは1日だけ。
それ以外は、毎日病院に行っていた。
帰宅は0時をすぎて、朝は私と一緒に5時に起きる。
また、夏休みも全くとれない期間が続いたことも思い出す。
Evans腫瘍、心房細動、またメンタルの不調など色々辛いこともたくさんあった。
でもそんな状態でも仕事に打ち込む彼を私はとても尊敬していた。
だけど、さすがにメンタルがやられたときは、私も辞めるべきと思っていた。とても悩んでいたが、小児科部長に引きとめられて思いとどまった。
最後の彼のスピーチで、
そのとき、辞めずに今日まで続けることができて、ほんとによかったと話していた。
そして、皆さまに感謝の言葉をたくさん述べていた。
彼は、小児循環器の仕事がとても好きだったんだなあ。
各部署から記念品もたくさんいただいた。
激務だった彼に、ゆっくり休んでほしいとのことで、
リライブシャツ。これは、他の所でももらっていた。
さらに安眠できる枕。
好きな絵を描いてくださいと素敵な色鉛筆、電子聴診器などなど。
主人はとっても嬉しそう。
ほんとに皆さまありがとうございました。
31年間いっぱい病気したけど、最後は元気に退職まで続けることができてほんとによかった。
長い間お疲れ様!
これからは、ちゃんと睡眠がとれるはず。
一緒に楽しく余生を送ろうね。
Posted by さかざきひろみ at 17時45分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 2 )
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コメント
コメントありがとうございます。
主人もよく覚えているとのことです。
夢だった鉄道マンになられたこと、ほんとに素晴らしいです。
主人もとても喜んでいました。
我が家の次男坊は新生児で両大血管右室起始、中隔欠損、三叉弁の異常で、当時の兵庫県立尼崎病院で2回にわたって手術して頂き、術後は二十歳になるまでの長い間、坂崎先生に大変お世話になりました。
今は子供の頃からの夢だった鉄道マンになり、富山市で元気に仕事に励めるくらいになっています。
坂崎先生には本当に感謝の言葉しか有りません。
長い間、本当に有難うございました。
いつまでもお元気で素敵な奥様とセカンドライフを楽しくお過ごし下さい。